かつては保健所も診療機関のようなイメージがあった

今後の医療の問題と対応策について現役の医師が言及する

三木さんは童顔だったが、それが患者にやさしい印象を与え、また同時に太っていたのでそれがたのもしく見えたという。脈をとり、ほほえみながら「大丈夫ですよ。すぐによくなりますから……」と話しかける。それからゆっくり診察しながら患者の家庭の状況などをきく。患者が自分のベースにはまったところで、病気の説明をして、最後にもう一度「大丈夫、すぐよくなりますよ」といって診察室の戸口まで送って出て「お大事に……」という。患者の気持になって診察するこの三木さんのやり方は一九二九年に岡山医大を卒業以来、一貫して変わらなかったという。

一九三〇年七月に徳島県の小松島診療所長を命じられて赴任したが、わずか七~八ヵ月の在任期間中にすっかり住民の信頼を集めて、開業医が二人も廃業したという。天性のヒューマニストであり、患者の心理のよくわかるドクターだった。三木さんは、逓信省岡山簡易保険相談所長のあと、厚生省に入省、健民課長から一九四六年に公衆保健局長、四八年に公衆衛生局長となった。

四七年の保健所法改正にたずさわり、全国に八五〇ヵ所の保健所をつくった。いわば戦後の保健所の生みの親でもあり、同時に「保健婦」という制度もつくった。当時のことだからGHQの意向もあってつくられたわけだが、三木さん自身はそれにのっかったうえで保健所を公衆衛生の前線基地にしようと考えたわけである。全国の大学医学部に「公衆衛生学」の講座が次々と開設されたのは、この保健所法の改正が契機となっている。現在のような保健所が成立した当時は、戦後の混乱期で医療機関も整っていなかった。


新着記事
2015/01/08 おすすめ記事を更新しました。
2015/01/04 新着記事を更新しました。
2015/01/03 ほんとうの保健所を更新しました。
2014/12/31 保健所にたいする見方を更新しました。
2014/12/29 公衆衛生の拠点を更新しました。
2014/12/27 保健所のイメージを更新しました。
2014/12/26 今後の医療の問題と対応策について現役の医師が言及するを更新しました。
2014/12/23 ホームページをリニューアルしました。

今得サイト
ナースフル看護師求人のナイチンゲールe-ナース
リクルートが開いている看護師求人情報サイト。各地域担当のアドバイザーが転職をサポート。資格・勤務地などご希望の条件から看護師求人を探せるサイトです。20年の実績があり、全国の医療機関の看護師求人採用をサポートするサイトです。